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平成31年4月10日、《世界文化遺産 上賀茂神社 式年遷宮記念文化事業 supported by AGF®「煎」》の一環として、上賀茂神社のお休み処《神山湧水珈琲|煎》が完成を迎えました。空間デザインは、世界を舞台に活躍する気鋭の長谷川豪氏。上賀茂神社から受けたインスピレーション、空間に込めた思いを伺いました。

―世界遺産・上賀茂神社初のお休み処として、平成27年にプロジェクトがスタートしました。今回のオファーを受けてどんな思いで取り組まれましたか。
長谷川豪:
歴史が深い場所は豊かです。上賀茂神社ほどの歴史ある場所で空間デザインをするなんて、今後あるかどうかという機会。歴史的建造物の修復を専門にしているわけではないのでオファーをいただいたときは自分にできることは何か考えました。上賀茂神社と味の素AGF㈱が組むという時点で新しいチャレンジができるという予感はありましたね。田中宮司はじめ、上賀茂神社の皆さんも惜しみなく協力してくださって、実際、とてもいいチームでした。

長谷川豪:
目指したのは、“現代”が感じられる、何らかの新しさがあるもの。歴史と今は、対等。歴史に圧されてコンサバティブになり過ぎるのも、歴史を凌駕するような真新しいものをつくるのも違和感がある。上賀茂神社からインスピレーションを受け、古さと新しさのバランスを見きわめていきました。場所柄、様々な制約もあり、構想から完成まで4年、今はやりとげた達成感と共に、折々に上賀茂神社を訪れてきたので、寂しさもありますね。

―上賀茂神社からどんなインスピレーションがありましたか。
長谷川豪:
上賀茂神社の建築物はいずれも素晴らしく、中でも重要文化財である“土屋”(つちのや)が一番好きです。壁はなく、無垢の柱はむき出しのまま地面に立っている。いわば裸ん坊の状態。素材のほぼすべてが、木。自然のものだけでできた、これ以上引けない有り様に心奪われます。

―お休み処《神山湧水珈琲|煎》は吉野檜の縦格子が円形に組まれています。ハッとする新しさがあるのに雰囲気を壊すことなく境内になじんでいることにも驚きました。

長谷川豪:
2600本の吉野檜を円形に組み、外側は檜の皮を残したままにしています。もともとここにあった木々となじみ、外から見れば直径18mの巨木の切り株のようにも見えます。一方、内側は白木と敷きつめた白砂によって、明るく清らかな別空間をつくろうと思いました。上賀茂神社は一の鳥居、二の鳥居と、本殿へ向かっていく参道がとても明るく、清々しい。印象的なその明るさを、円の内側で表現できればと思いました。檜の縦格子はベンチの背もたれとなります。


入口二カ所は、ご祭神が降臨したといわれる神山と、境内の立砂に向けられています。2600本という檜の数は、2600年以上にわたる上賀茂神社の歴史を体現するものです。途方もない数をここで視覚化することによって、参拝者の方に悠久の時間の長さを体感してもらえたらと考えました。

―長谷川さんは海外でも活躍されていますが、京都の印象はいかがですか?
長谷川豪:
実は父の実家が京都の桂で、夏休みは京都で過ごしていました。すぐ近くに桂離宮があって、子どもの頃、よく行ったんですよ。京都の建築物に感動するのは、庭との一体感。奈良の建築物には堂々としたスケールを感じますが、京都は細やかで繊細。そうした京都の美意識にならい、ミリ単位まで丁寧にこだわりました。京都の建築物では、大徳寺の高桐院が好きです。アプローチや庭との関係性が素晴らしい。それから三十三間堂。大胆な建ちかたが格好よくて、海外からの友人を連れて度々訪れています。

―今後、どんなふうにここが時を重ねていくイメージですか?
長谷川豪:
白木は黄色味が抜けて薄いグレーとなり、まわりの木々にいっそうなじんでいくと思います。木はリペアできるので半永久的に残していくことも可能です。ヨーロッパは石の文化、日本は木の文化。ヨーロッパの建築家は常に歴史と隣り合わせで仕事をしていて、“日本は常に新しいことができていいな”と言われるんですが、この国も縮小・成熟の時代に入り、新しいものをただ追い求める状況ではないですよね。今回のプロジェクトは歴史と新しさをどのように組み合わせることができるかという、とてもやりがいのあるものでした。

―古(いにしえ)より日本人が使ってきた木を生かし、古いものと新しいものをバランス良く共存させ、次へつないでいく……。京都のこれからの街づくりのヒントにもなる気がします。みなさんにはここでどんなふうに過ごしてもらいたいですか?
長谷川豪:
季節や時間によって景色も、木陰の位置も変わります。そのときどきに自分の居場所を見つけて楽しんでもらえたらとても嬉しいです。

(取材・文 宮下 亜紀)

2005年長谷川豪建築設計事務所設立。メンドリジオ建築アカデミー、カルフォルニア大学ロサンゼルス校、ハーバード大学デザイン大学院などで客員教授を歴任。主な作品に「森のピロティ」「吉野杉の家」「グアスタラの礼拝堂」など。第24回新建築賞をはじめ受賞多数。