コーヒー大事典
私たちが普段楽しんでいるコーヒーには、実は深い歴史があります。そんな知られざる歴史をご紹介するコラム。VOL.5では、1960年代に日本で起こったコーヒーブームから、広く人々に愛されるようになった現代のコーヒー事情までをご紹介します。
1970年から現在日本は世界有数のコーヒー輸入国へ
1960年代の日本は、インスタントコーヒー及びコーヒー生豆の輸入の自由化により、コーヒーの大ブームが訪れました。これを第一次コーヒーブーム(ファーストウェーブ)と呼びます。コーヒーブームによって、コーヒーが広い層の人々に飲まれるようになり、日本人にとってコーヒーが一気に身近になった時代です。
その後、1965〜1983年には喫茶店ブームが到来。さまざまな形態の喫茶店が登場しました。この時に生まれた日本の喫茶店が、後にアメリカ起こったサードウェーブのお手本になったと言われています。
1995年頃になると、日本では第二次コーヒーブーム(セカンドウェーブ)が訪れます。シアトル系のコーヒーチェーンが、日本でカフェスタイルのお店を開き、カフェラテなどのアレンジメニューが紹介され、コーヒーの楽しみ方がさらに広がりました。
2013年頃になると、第三次コーヒーブーム(サードウェーブ)が到来。<厳選した素材で、いっぱいずつ丁寧に淹れる>、こだわりのコーヒーを提供する店が増え、現在に至ります。
また、コーヒー店とは違うコーヒーの楽しみ方として、コンビニエンスストアのカウンターコーヒーや、ハンバーガーチェーンのコーヒーも登場。品質にこだわった、<安くて美味しいコーヒー>が開発され、現在でも多くの人に愛されています。
現在、日本のコーヒー生豆輸入量は、EU(European Union)、アメリカに次いで、世界第3位。世界的なコーヒー消費国となっています。
出典:全日本コーヒー協会統計資料
コーヒー歴史年表
1970 | インスタントコーヒーの年間消費量が1万2000トンを突破。 |
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1980 | 全日本コーヒー協会が任意団体から社団法人化され、農林水産大臣の認可を受ける。 |
1983 | 全日本コーヒー協会は、10月1日をコーヒーの日と定める。 |
2002 | コーヒー豆の年間輸入量が40万トンを突破。 |
2013 | コーヒー豆の年間輸入量が50万トンを突破。 |
2014 | 日本が世界第3位のコーヒー豆輸入国となる。 |
2015 | 国際コーヒー機構(ICO)が10月1日を「世界コーヒーの日」と認定。 |
~2019現在 | 国内のコーヒー消費量は高水準を維持。 また、世界のコーヒー消費量も増加傾向にある中、将来のコーヒー生産に対する危機意識が高まり、サスティナブルなコーヒー生産に向けたコーヒー生産地支援の取り組みが進む。 |
コーヒー・トリビア
アポロ13号の危機を救ったコーヒー
1961年、人類はアポロ11号で初めて月面に到達しました。ニール・アームストロング船長の「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という言葉が有名です。この後も、アメリカ航空宇宙局(NASA)は6回にわたって、月へ向けて宇宙船を送っていますが、特に「アポロ13号」は、事故が起こったことで、多くの人々の記憶に鮮明に残っています。
このアポロ13号にまつわる、コーヒーに関するエピソードがあることをご存じですか?
1970年4月13日、月へ向かうアポロ13号の産とタンクが、突然破裂しました。思ってもいなかった事態の発生でした。地球への帰還のために、エネルギーを節約するため、電気は切られ、船内は氷点下近くまで温度が下がりました。水を飲むことも、限界まで控えなければなりませんでした。
地球の管制室の、すべてのスタッフとアポロ13号乗組員は、絶望的な状況の中で、希望を捨てずに、あらゆる試練と戦い続けます。もはや、生きて地球へは帰れないかもしれない、と不安にかられる乗組員を支えたのは、地上の管制室から何度も送られる激励メッセージでした。
「こちらヒューストン。がんばれ、乗組員の諸君! 君たちはいま、熱いコーヒーへの道を歩いているのだ!」。<熱いコーヒー>という魔法の言葉は、何度もくじけそうになる乗組員たちを力づけ、支え続けていたのです。
その後、乗組員と管制室の必死の努力により、アポロ13号の乗組員は奇跡的に、無事に地球へ帰還しました。ミッションを終え、家に帰った宇宙飛行士たちは、熱いコーヒーをどんな気持ちで飲んだのでしょうね。