コーヒー大事典
私たちが普段楽しんでいるコーヒーには、実は深い歴史があります。そんな知られざる歴史をご紹介するコラム。VOL.3では、コーヒーの産地として知られるブラジルに、コーヒー豆が伝えられるまでをご紹介します。
1701-1900年コーヒーの歴史 コーヒーの種子が大供給地ブラジルに渡る
17世紀になると、世界では欧州の国々による植民地活動が活発になり、それとともにコーヒーの木も世界各地へ運ばれていきました。そして18世紀初頭、コーヒーの種子と苗木が、現在もコーヒーの大供給地であるブラジルにわたり、生産が始まります。
1804年には、日本人も初めてコーヒーを口にします。しかし、記録には「焦げ臭くて、味わうに耐えない」と記されており、まだこの時はコーヒーの美味しさには気付けなかったようです。
コーヒー歴史年表
1706 | ジャワ島からアムステルダム植物園へコーヒーの木が持ち込まれる。この木の種子が元になって、世界各地へコーヒーが伝播することとなる。 |
---|---|
1714 | アムステルダム市長からパリのマルリー城のルイ14世へコーヒーの木が送られる。<このコーヒーの木が植物園で育てられる> コーヒーの木がパリからレユニオン島等のアフリカ西海岸諸国へ渡る。 |
1723 | フランスのガブリエ・マチュ‐クリュー歩兵大尉が本国に一時帰省した帰りに、パリ植物園のコーヒーの苗木をマルティニク島<カリブ海>に持ち込む。<コーヒーの木がアメリカ新大陸へ入り、のちに大供給地となっていく> |
1724 | オランダ人による、西洋テーブル・マナーの講義をまとめた「和蘭問答」の中に、コーヒーと思われる記述がある。 |
1727 | ブラジル<アマゾン河口のポルトガル領パラ>にコーヒーの種子と苗木が入り生産が開始される。 |
1734 | バッハが「コーヒー・カンタータ」を発表しカフェで初演。自ら指揮棒をふる。 |
1744 | イギリスのトーマス・フライがボン・チャイナを発明。<ウェッジ・ウッド等の発展の元となる> |
1800 | フランスのド・ベロイがドリップポットを発明。コーヒーを濾過して飲む方法の始まり。 |
1804 | 日本人として、初めてコーヒーを飲んだ大田蜀山人は「コーヒーは焦げ臭くて味わうにたえない」と書いている。 |
1821 | ネルドリップ方式がイギリスに現れる。 |
1826 | 医師シーボルトは、コーヒーは長寿をもたらす良薬であると「薬品応手録」でコーヒーをすすめた。 |
1840 | イギリスでコーヒーのサイフォン式抽出機(ちゅうしゅつき)が発明される。 |
1858 | 日米修好通商条約締結。コーヒーやその原料のコーヒー豆が正式に輸入できるようになる。 |
1869 | 横浜で発行の邦字新聞「萬刻」に、初めてコーヒーの広告が掲載。 |
1888 | 東京下谷黒門町で鄭永慶(ていえいけい)が初めて豪華なヨーロッパ風カフェ「可否茶館」を開店したが、4年後には閉鎖。 |
1899 | 加藤サトリ氏がインスタントコーヒーを発明。2年後全米博覧会で展示する。 しかし、アメリカ人ジョージワシントンが別の方法で特許を得てインスタントコーヒーの生産を開始した。<以後、工業化へと発展> |
コーヒー・トリビア
インスタントコーヒーを発明したのは日本人だった!
今日ではすっかり馴染み深いものとなったインスタントコーヒー。実は、日本人が発明したものであることは、あまり知られていません。
1899年、アメリカに在住していた科学者、加藤サトリ氏は緑茶のインスタント化の研究を行っていました。その研究過程で、真空乾燥法という方法によって、インスタントコーヒーを発明しました。しかし、当時の日本では、現在ほどコーヒーが普及していませんでした。そこで加藤氏は、アメリカのシカゴに加藤商会を設立。1901年にアメリカのニューヨーク州で行われたパンアメリカン博覧会に、インスタントコーヒーを出品しました。