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一問一答形式でご紹介!
味の素AGF(株)の新社長・島本 憲仁ってこんなひと!

執筆:2024年6月

読了目安:約5分

味の素AGF(株)の代表取締役社長に、
2024年(令和6年)6月26日付で
島本 憲仁氏が就任しました。
そこで、島本社長に一問一答形式で、インタビュー!
新社長として考えていることや気になる人柄、
プライベートな一面にも迫ります。

島本社長の簡単なプロフィール

1991年入社、新潟営業所にて家庭用製品の営業担当として配属
その後、営業関連部門7年、経営企画を中心としたコーポレート部門11年(うち、味の素社への出向経験含む)、生産関連3年、事業部門11年と様々な部門に従事。
2019年に執行役員に就任、2024年4月常務執行役員、2024年6月代表取締役社長就任。

教えて!島本社長のこれまでや、今後の想い

今年で入社33年目を迎える島本社長は、生産から営業まで幅広い部門で多岐にわたる業務で、活躍を遂げてきた島本社長ですが、一体どんな人物なのでしょうか?

  • Q
    味の素AGF(株)に入社された理由を教えてください
  • A

    私が入社したのは1991年です。就職活動期の1989年~1990年は空前のバブル経済の真っただ中で、金融業界を中心に超売り手市場でした。募集人数が数百人は普通で、数千人という規模の大企業も数多かった中、私は企業の小さな歯車になりたくないという思いから、募集人数の少ない企業を2つに絞り込み、そのひとつが味の素AGF(株)で、入社しました。

  • Q
    これまでの様々な部門をご経験されている中で、印象的な出来事とその理由を教えてください
  • A

    営業時代がとても印象に残っています。

    入社時の販売研修で販売成績が最下位だったこともあり、また人見知りな部分もあって、営業は苦手と思っていました。

    入社後、新入社員で配属となった新潟営業所は全国と比べると販売シェアがかなり低く、加えて、私の前任者はあまり訪問しておらず、売上もほぼない状態で、それ故に少し強引にでも注文を取ってくる必要がありました。

    私の担当エリアは営業所から130km離れているので、毎週2泊3日で出張していました。ですが、お得意先からは、その旅費があるならお前は来なくていいから、それを販売条件にしてくれ、とよく言われていました。

    そんな中、冬の寒々しい特約店のだだっ広い駐車場に駐車した後、いつも、「来たのは事実だし、来たことにして、このまま事務所に入らず帰ってしまおう」と毎回思いつつも、「これで帰ったら、ぼくの人生は負け人生だな」と思って、心を奮い起こして訪問していました。

    そんなことを続けているうちに、苦手だった特約店の年上セールスの皆さんが、いつしか優しい先輩のようになってくれ、困った時にいつも助けてくれるようになりました。自分のAGF人生の分岐点だったと今でも思っています。私のことを知っている皆さんは、人見知りというと信じてもらえないと思いますが、営業という仕事をしたことで克服できたと思っています。

  • Q
    島本社長にとっての「ASV」※1について教えてください
    • ※1
      Ajinomoto Group Creating Shared Value(社会価値と経済価値の共創)
  • A

    さまざまな「ASV」はありますが、私としては、人が生きていくうえでストレスやプレッシャーなどが自分自身の心を占拠していく中で、「ふぅ~」とひと息をつき、心を息抜きする機会を提供することだと思っています。その機会を創出するために、コーヒーを中心とした嗜好飲料が欠かせないと考えています。

    たくさんの方々に、このような機会を数多く手軽に取っていただき、その効果を最大化していただくことが、我々にとっての「ASV」だと思います。ですので、スティックコーヒーや1杯取りのレギュラー・コーヒーのような手軽なパーソナルの個包装タイプのコーヒーに込められたメッセージを見ながら飲んでいただき、心をしずめ、その効果を少しでも大きくすることが我々の責務だと思っています。

  • Q
    今後の味の素AGF(株)をどうしていきたいかお考えを教えてください
  • A

    生活者のストレスからの解放による穏やかな社会に貢献すべく、上記のような活動を高めていく必要があるのですが、そのためには当社の社員が最も上手にこの機会を取れていることが大前提になると思っています。ですので、まずは我々社員が、「ふぅ~」のスペシャリストとなり、そんなスペシャリストが数多くあふれる会社を目指しながら、社会に提供していくことも並行的に実現してきたいです。

  • Q
    2024年度から島本社長がスタートさせた、全社での取り組み「ふぅ活」について導入された理由やお気持ちを教えてください
  • A

    まさしく、私の「ASV」考え方そのものです。まずは、我々がいつでも、ふぅ~できることを常態化することだと思い、「ふぅ。」ールビズ※2や「ふぅ。」cation※3を導入しました。これからも、「ふぅ」が溢れる社会の実現に向けて、従業員一人ひとりが「ふぅ」できる取り組みを、今後も進めていきます。

    • ※2
      TPOに応じて働きやすくリラックスできる服装での勤務を推奨する取り組み
    • ※3
      年間有給休暇取得を推進する取り組み

もっと知りたい、島本社長のプライベートな一面

ここからは少し島本社長のプライベートを教えてください!

  • Q
    島本社長の、大切にしている考え方、仕事でのモットー、座右の銘、好きな言葉など教えてください。
  • A

    変に感じるかもしれませんが、「自分自身の考え方・生き方」はいくつもの種類を持てないと信じ込んでいます。特に歳を重ねてから、そのように感じています。若い時は「仕事は仕事、プライベートはプライベート」の考え方、生き方をしていたかもしれませんが、今は、仕事とプライベートの考え方が、ほぼ同じになっています。

    自分の所属組織と自分の家族を同じように大事にする、うそはつかない、おかしいことはおかしいとはっきり言う、納得できないことは反論する等々。これらが私の大事にしていることです。

  • Q
    島本社長が、学生時代取り組んでいたこと、夢中になっていたことなどあれば教えてください
  • A

    大学時代にテニスサークルに属していました。私は初心者だったのですが、うまくなることが楽しくて、勝ちたくなり、チームとして上を目指すようになりました。

    入った時、サークル自体はそれほど強くなかったのですが、サークル対抗のチーム戦にとにかく燃えました。勝つために、街の温泉宿に1週間雑魚寝で寝泊まりしたり、軽井沢での1週間の夏合宿前に、先輩の別荘で1週間合宿して、計2週間テニス尽くめの毎日を過ごしたりしていました。もちろん、日々の練習も週4日テニスコートに通っていました。

    大学にはほぼ行かず、そのため一般教養過程や第二外国語を4年生まで受けていました。それもあってか、今もそのサークルは続いていますし、テニスも強いと聞いています。今では私自身はテニスを全くしていませんが、ラケットでボールを打つ感覚は、今でも忘れられません。

  • Q
    島本社長の、日常の「ふぅ」時間を教えてください
  • A

    私の週末は、サッカーJリーグの応援一択です。サッカーサポーター歴16年です。2023年シーズンは、年間21試合をスタジアムで観戦しました。ちなみに、生観戦での戦績は、6勝8敗7引き分けで、負け越しです。無敵ではないチームが、戦術がうまくいくと勝利につながるという喜びや得点した時に立ち上がって大声で叫ぶ体験など、最高です。家で観戦していても、同じように叫んでしまい、妻によく呆れられてしまいます。

    他での休日の過ごし方では、旅やグルメにそれほど興味はないのですが、なぜか、テレビで旅、散歩やグルメ番組を見ることも好きです。こういった趣味や落ち着く時間を過ごすことで、「ふぅ~」という時間を感じています。

いかがでしたでしょうか?
島本社長について、ほんの少しお伝えできたでしょうか。

味の素AGF(株)はコーポレートスローガン「いつでも、ふぅ。AGF®」を掲げています。
「ふぅ」とすると、こころにゆとりが生まれる。そのゆとりは、前を向くための大切な時間です。
「ふぅ」があふれる社会に向けて、ココロの健康に寄与するかけがえのない企業を目指します。

  • 組織名や所属、肩書、業務内容、商品情報等を含むすべての記載内容は、各取材及び執筆時点のものです。

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